ジャストライト/福岡/車の整備ブログ/オススメ・福岡の観光

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車や福岡の様々な情報をご紹介。

今回は、「オススメ・福岡の観光」を、こちらの「車の整備ブログ」にてご紹介。

☑羊群原

►福岡県北九州市小倉南区に位置する平尾台は、“日本三大カルスト”の一つに数えられる。標高は300~700メートル、南北に6キロ、東西に2キロにわたる広がりを持つこのカルスト台地には、ピナクルと呼ばれる石灰岩の突出が立ち並んでいる。また、地下には約200もの洞窟があり、タイプが異なる三つの観光鍾乳洞の洞内を歩くことができる。
春の野焼きをはじめ、夏の新緑に秋のすすきなど、季節ごとに異なる風景も見どころだ。

住所 福岡県北九州市小倉南区平尾台

☑恋木神社

►水田天満宮御本殿は、寛文12年(1672年)に再建され、昭和36年に福岡県文化財として指定され、平成7年に2度目の再建が行われました。
水田天満宮は太宰府に次ぐ  九州二大天満宮として人々の信仰は極めて篤く、その伝統を守り続けています。
恋木神社は、「良縁幸福の神様」「恋の神様」として、親しまれており、「恋みくじ」をはじめ「恋木絵馬」「ハート陶板守」など、恋木神社の御神紋であるハートが施されています  御守が多数授与されております。

住所 福岡県筑後市水田62-1

☑筥崎宮

►筥崎宮は筥崎八幡宮とも称し、宇佐、石清水両宮とともに日本三大八幡宮に数えられます。 御祭神は筑紫国蚊田(かだ)の里、現在の福岡県宇美町にお生まれになられた応神天皇(第十五代天皇)を主祭神として、神功皇后、玉依姫命がお祀りされています。創建の時期については諸説あり断定することは困難ですが、古録によれば、平安時代の中頃である延喜21年(西暦921)、醍醐(だいご)天皇が神勅により「敵国降伏」(てきこくこうふく)の宸筆(しんぴつ)を下賜され、この地に壮麗な御社殿を建立し、延長元年(923)筑前大分(だいぶ)宮(穂波宮)より遷座したことになっております。創建後は祈りの場として朝野を問わず篤い崇敬を集めるとともに、海外との交流の門戸として重要な役割を果たしました。

住所 福岡県福岡市東区箱崎1丁目22-1

☑マリゾン

►シーサイドももち海浜公園の中心に位置するmarizonは、さまざまなイベントや、高速船「ウミナカライン」の運航などもひとつ。福岡タワーから歩いて1分。噴水の広場を抜けるとすぐ、目の前に広がる青い空と海とmarizon。大切な人と、大切なお時間をどうぞ

住所 福岡県福岡市早良区百道浜2-902-1

☑光明禅寺

►苔寺の名で親しまれているように苔の美しい庭があるお寺
苔寺の名で親しまれているように苔の美しい庭がある。前庭は石を「光」という字に配した仏光石庭、奥庭は青苔で陸を、白砂で大海を表現した一滴海庭があり、紅葉とシャクナゲも美しい。

住所 福岡県太宰府市宰府2丁目16-1

☑門司港レトロ

►関門海峡エリアの中でも一際注目を集める場所、門司港レトロをピックアップ。 一帯は門司港駅を筆頭に、旧門司税関、旧門司三井倶楽部など、かつての趣を残す建造物が立ち並び、当時の風情が感じられます。 またご当地グルメも人気が高く、焼きカレーは北九州を代表する一品。

住所 福岡県北九州市門司区東港町1-32

☑宮地獄神社

►ご創建は、約1700年前。当社のご祭神「息長足比売命(おきながたらしひめのみこと)」別名「神功皇后(じんぐうこうごう)」は第14代仲哀天皇の后で応神天皇の母君にあたられます。 古事記、日本書紀等では渡韓の折、この地に滞在され、宮地嶽山頂より大海原を臨みて祭壇を設け、天神地祇(てんしんちぎ)を祀り「天命をほう奉じてかの地に渡らん。希(ねがわ)くば開運をた垂れ給え」と祈願され船出したとあります。その後、神功皇后のご功績をたたえ主祭神として奉斎し、随従の勝村・勝頼大神を併せ、「宮地嶽三柱大神(みやじだけみはしらおおかみ)」としてお祀りしました。 以来、宮地嶽三柱大神のご加護のもとで事に当たれば、どのような願いもかなうとして「何事にも打ち勝つ開運の神」として多くの方に信仰されるようになりました。 当社は、全国に鎮座する宮地嶽神社の総本宮です。

住所 福岡県福津市宮司元町7-1

☑のこのしまアイランドパーク

►福岡市にある姪浜渡船場から、フェリーでたったの10分で行けるリゾートアイランド、「能古島(のこのしま)」。緑豊かな島内の各所に自然の絶景ポイントがあり、“花の名所”として知られている。福岡市街からの行きやすさと、この眺めの良さが何よりの魅力だ。博多の総氏神様としては最古の歴史を有し、天照皇大神(大神宮)、大幡主大神(櫛田宮)、素戔嗚大神(祇園宮)が祀られています。以前は3つの社にそれぞれ祀られていたそうです。大幡主大神は孝謙天皇天平宝字元年(757年)託宣によって鎮座され、素戔嗚大神は天慶4年(941年)藤原純友の乱の追討使小野好古が戦勝奉賽のために勧請されたといわれています。天照皇大神の奉祀についてはあまりにも古く史実としてはっきりしないそうです。

住所 福岡県福岡市西区能古島

☑櫛田神社

►博多祇園山笠が奉納される神社で、飾り山笠が一年中展示されています。博多っ子からは「お櫛田さん」の愛称で親しまれている,博多の総鎮守です。祭神は正殿に大幡主命(櫛田宮)・左殿に天照皇大神(大神宮)・右殿に素戔鳴尊(祇園宮)の三神で拝殿には3つの鈴が並んでいます。

住所 福岡市博多区上川端町1-41

☑柳川

►柳川のあらゆる名所・旧跡をウオーキングやドライブでゆっくり楽しみませんか?
白秋を生んだまちで、温かな人情と新たな発見があなたを待っています
水郷柳川の代名詞「川下り(お堀めぐり)」を紹介します。
まちの中を縦横に流れる「掘割」に、しだれ柳の緑が映え、赤煉瓦の並倉や白なまこ壁、水面にはウォーターヒヤシンス等の水草を愛で進む「どんこ舟」。ゆったりとした贅沢な時間を過ごしてみませんか。
この1時間10分の舟遊びに、ぜひお出で下さい。

住所 福岡県柳川市三橋町高畑239

☑大濠公園

►福岡城の外濠で、入り江でもあった草香江をもとにした大きな池が特徴的な公園である。池を貫くように島がいくつか存在し、それぞれが橋でつながっているので、中央部を経由して池を全体を渡ることができる。この場所一帯は草ヶ江と呼ばれる入り江で、博多湾に続いていた。筑前福岡藩初代藩主となった黒田長政により、入り江の一部が埋め立てられ、天神を通り那珂川へ掘られた肥前堀と共に、福岡城の外堀として城の護りとした。明治維新で福岡城が廃城になると、肥前堀が埋め立てられたことにより水の循環が滞った。そのため夏季にはやぶ蚊が大量発生するなど環境悪化の原因になるため、明治末以来この大堀を埋め立てる計画がいくつか立てられた。

住所 福岡県福岡市中央区大濠公園1-2

☑三池炭鉱

►第一竪坑は揚炭、入気、排水が主であり、第二竪坑は人員昇降を主として、排気・排水・揚炭を兼ねる機能分担がされていました。第一・第二竪坑ともに、当時世界最大級の馬力を誇ったイギリス製デビーポンプを2台ずつ備え、当初の計画どおり七浦坑の排水難を解消しました。さらに、その排水能力により、より深い場所での採炭が可能となりました。
この間にも、明治32(1899)年に汽缶(ボイラー)9基を増設、さらに七浦坑から諸設備を本格的に宮原坑に移し整備を増強し、第二竪坑開鑿時の明治34(1901)年には、50馬力蒸気巻揚機を設置し、翌年明治35(1902)年に最初の電動扇風機である、チャンピオン扇風機を据え付けて、排気を行いました。
採炭した石炭の運搬についても、坑口から選炭場にかけて、大正13(1924)年にベルトコンベヤー(運炭機)を1台設置、翌年にも増設を行うなど、出炭量増加に対する機械設備の拡充を順次おこなっていきました。

住所 福岡県大牟田市宮原町1-86-3

☑河内藤園

►一番の見所は、花下面積1850坪を誇る、藤棚と藤の花トンネル。トンネルは80mと220mの2種類あり、開花時期には22種類の藤の花が咲き乱れ、見るものを圧倒する。日本で最も美しい藤棚。花と香りを楽しんで下さい。藤棚を囲んで30年近くの楓やもみじが約700本美しく色づく。

住所 福岡県北九州市八幡東区河内2-2-48

☑太宰府天満宮

►道真公は、承和12年(845)に京都でお生まれになりました。幼少期より学問の才能を発揮され、努力を重ねられることで、一流の学者・政治家・文人としてご活躍なさいました。 しかし、無実ながら政略により京都から大宰府に流され、延喜3年(903)2月25日、道真公はお住まいであった大宰府政庁の南館(現在の榎社)において、ご生涯を終えられました。門弟であった味酒安行うまさけ やすゆきが御亡骸を牛車に乗せて進んだところ、牛が伏して動かなくなり、これは道真公の御心によるものであろうと、その地に埋葬されることとなりました。延喜5年(905)、御墓所の上に祀廟しびょうが創建され、延喜19年(919)には勅命により立派なご社殿が建立されました。 その後、道真公の無実が証明され、「天満大自在天神てんまだいじざいてんじん」という神様の御位を贈られ、「天神さま」と崇められるようになりました。
長い年月、道真公へのご崇敬は絶え間なく続き、御墓所でもある太宰府天満宮は全国約12,000社ある天神さまをお祀りする神社の総本宮と称えられ、今日でも多くの参拝者が訪れています。

住所 福岡県太宰府市宰府4丁目7番1号